迷ってみましょう広島21 前半

   このコーナーは、積極的に道に迷うコーナーです。

  架橋問題でゆれる福山市の最南端、鞆の浦。鞆の浦ってどんな所?
 ということで、行ってきました。広島駅からJRに揺られること2時間弱。福
 山駅に到着です。広島を出た時には冷えた雲が空を覆っていたのに、福山駅の
 改札をくぐる頃には澄んだ青空と太陽とが僕を迎えてくれました。
 ここから鞆の浦までは鞆鉄バスに乗って約30分。バスは駅前から15分間隔
 で出ています。バス停まで行くと、既に出発待ちのバスが静かに停まっており
 ました。

  海が見たかったので、バスの左側に席を取りました。僕の他にはおばあさん
 が2人。なんとも贅沢なことです。時間が来て、ブザーと共に扉が閉まると、
 バスの中は都会の時間から完全に切り離されました。
 出発して街を抜け、しばらくトコトコ行くと、バスは芦田川沿いを下りはじめ
 ました。冬陽のあたたかな川岸で、釣り人がのんびりと糸を垂れているのが見
 えます。
  やがておばあさんが2人とも降りてしまい、バスの中には僕一人。鞆の浦直
 行のタクシーと変わらんなぁと思っていると、左手に海が見えてきました。

  東側に広く拡がる光る海に、子どもが悪戯してばらまいた様に、大きな貨物
 船がぽつぽつと影になって浮いています。その向こうに、遠くなるにつれ白く
 霞む島影が、水墨画の様に重なり合っています。窓を通して射し込んでくる柔
 らかな冬の日差しと、ゴトンゴトンというバスの揺れ。眼下に寄せるさざ波と、
 きらめく反射光。
 いいなぁ。いい時間だなぁ。自分の車で来ていたら、この景色を見逃すところ
 でした。バスにして良かった。

  「次は鞆の浦、鞆の浦です」
 ありゃ、もう着きましたか、思ったより早いですね。時計を見ると、まだ20
 分ちょっとしか経ってません。なんだ、福山駅からこんなに近い所だったんで
 すね。地図で見ただけで億劫がってちゃダメです、やっぱり。

  バスを降りると、すぐ目の前の防波堤に沿って、ブルーシートで出来た簡易
 屋根がいくつも並んでいました。何でしょうか。見ると、おばちゃん達がサヨ
 リの一夜干しなんかを売っておられるようで、吊り下げられた干し魚の列が、
 青い影の下で潮風に揺れています。
 おーサヨリだサヨリ、サヨリいいっすよねえ。皮がちょっと焦げるぐらいに炙
 った奴をぐっと噛みしめたときのあの感触、いいっすわぁ。んむー。
 ガブッと囓りたくなってきたなぁ。でも、今買うと荷物になっちゃうしなぁ。
 酒も欲しくなるし。また後で買うことにしましょう。

  サヨリとカップ酒に溺れたい衝動を抑えつつ海沿いを歩きますと、レトロな
 雰囲気の建物が見えてきました。仙酔島へ渡る船の船着き場ですね。いかにも
 それらしい、古びてこぢんまりした切符売り場に、これまたいかにもな売店が
 あります。むかーし昔の広電の五日市駅や廿日市駅が、こんな雰囲気でしたね。
 人でごったかえしている訳でもなく、さりとて全く人気が無い訳じゃない。何
 の用があるのか、いつ覗いてみても、誰かがそこにいる。時刻表を見上げてい
 たり、売店の前にいたり、ベンチに座っていたり・・・そんな雰囲気。こうい
 う場所で、こういうペースで仕事をして生きていけたら、割と幸せなんじゃな
 いかなぁと思います。必要以上に忙しくなくて、でも全く暇でもなくて。大金
 持ちにはなれないかもしれませんが、忙しすぎて空が青いのを忘れることもな
 いですよね。身の丈に合う、というんですか。

  さて、売店でカップ酒を売っているかどうかは敢えて確認せずに、道路の反
 対側に目をやりますと、「対潮楼」と書かれたでかい看板が目に付きました。
 おぉ、これこれ。鞆といえば対潮楼。行ってみようじゃないですか。

  正確には、「福善寺・対潮楼」。福善寺という真言宗のお寺の本堂にくっつ
 けて建てられた客殿です。坂を上り、門を入ってお庭を通ると、本堂の入り口
 脇にボタンがあって、「ベルオ押シテクダサイ」と書いてあります。言われる
 ままに押してみますと、建物の中の方で「ジリリリリリリリー」っと、非常ベ
 ルのような鋭い音が響き渡りました。えっ、ほんとに押して良かったのかなと
 思っていると突然、すぐ横の木戸がガララッと開きまして、ひょいとおじさん
 が顔を出し一言「どうぞ」。
  「は、はぁ・・失礼しま〜す」靴を脱いで下駄箱におさめます。なんかあん
 まり観光名所っぽくない雰囲気ですけど、ほんとにそんなすごい所なんでしょ
 うか。先ほどおじさんが顔を覗かせた木戸の奥へと入ります。木戸を入って小
 さい部屋を抜けると、おばちゃんが座っていまして「200円です」。
  お金を払うとさっきのおじさんが「どうぞこちらへ」。後について部屋の奥
 に進みますと、部屋の突き当たりが全面ガラスになってまして、すぐ下の海と、
 目の前にある弁天島、仙酔島が見えます。おぉ、これかぁ。なるほど良い景色
 ですね。

  「いやぁ、冬は寒いんでね、閉めとるんです」と言いながらおじさんは、木
 枠の古いガラス戸を1枚、1枚と外してくれました。ははぁ、なるほどこれは
 爽快。ん?待てよ、この窓枠の低さ・・・柱の位置・・・あ、これは立って眺
 める景色じゃないですね。これはこの畳に正座して見るべきじゃないかな?

  ちょうど畳に絨毯が敷いてあります。座ってみましょう。
 うおおーー、なんじゃこりゃーー、かっかっかっ感動!すげーーっ!
 目の前の景色が、まるで1枚の光る屏風のようです。いや、これはすごい、す
 ごい構図だ。壁と柱と窓枠によって切り取られたこの景色の完璧さ、すごい。
  風呂屋の書き割りもびっくるするぐらいの、あまりにも出来過ぎた構図。び
 っくりして立ち上がり、思わず窓枠の方に歩み寄ってみると・・・あれ?これ、
 本当に同じ景色なの?拍子抜けしてもう一度正座。おおーー感動!やっぱり、
 すげーよこりゃ。この位置から見ると、余計なものは全て画面から切り取られ
 ますね。この建物そのものが、景色を美しく眺めるための大きな装置なのです。
 いや〜、良くできてるなぁ。この位置に、この向き、この設計で建てようと考
 えた昔の人の偉大さをしみじみと感じます。すごい。朝鮮通信使もびっくりす
 るはずですわ。昔の人はえらい。

  しばらく何も言わず、ただぼけーっと景色を見つめていました。
 青い海、緑の島、島の上の塔。ここまでならただの風景画と同じですが、最大
 の違いは「動く」ということ。波が島に寄せ、とんびが輪を描き、木々の葉が
 風に揺れ、渡し船が行く。正に、生きた風景画。究極の箱庭。

  おじさんが、太陽と月の昇る位置と島の関係も教えてくれました。なかなか
 面白い話だったのですが、僕はその話の間中ずっと、この景色に月が加わった
 時の状態と、それを見ながら飲む酒の味の格別さについて考えていたのでした。

  さて、鞆の浦。のっけからかなり楽しかったのですが、これからまだまだ楽
 しいことがありまして。1回で書ききるのはどうやっても無理です。
 ということで、次回に続きます。
                             by 自転車