柳橋

お盆休みに東京から帰省した友人が言う。彼の日常は山手線の内側を自転車で
 移動するという生活らしい。

 「広島は平坦だからいいよね。東京なんて平野じゃなくて実は莫大広い丘陵地
  帯だからね。かなりハードな山あり谷ありで自転車はホンマしんどいよ」

 丘と言えば、何日間かローマ市街を歩きまわったときも、そのアップダウンの
 多さに驚き、数日後には辟易としたのを思い出す。歩き疲れた夕刻、目の前に
 突然現れる急なのぼり坂や階段。そう、東京もローマも実のところは丘の街。

 「ローマでレンタサイクルしとったら途中で放り出しとったかもしれんね」
 「おいおい、ローマは七つの丘の上に広がる街だろう、『ローマ人の物語』を
  読んでなかったのか?」
 「いやー見ると聞くとは大違いってのは、このことだわ」

 たしかに広島市街地は平坦で徒歩や自転車向きだ。だけど一方で広島は川の街。
 やたらと橋が多い。橋というのは当然ながら川をまたぐわけだから、平地より
 も一段と高くなる。車線の多い大きい橋ほど、その高低差は大きい。向かい風
 の時など、自転車での橋越えはかなりつらい。排気ガスに満ちた交通量の多い
 橋の歩道を歩くのも決して愉快なことではない。道路は車のためにあり、橋は
 道路の一部であるからして、自転車や歩行者には優しくない。

 安藤は、広島市内に生まれ育ち、今も住み続けているけど、その時々で住まい
 が変わり、住まいが変わると、使う橋も変わる。

 今、毎日のようにわたるのは柳橋。

 柳橋は、人と自転車だけが渡ることのできる狭い橋。広島駅から八丁堀へ向か
 う電車やバスが通る稲荷大橋の数十メートル下に架かる、街中にある狭い橋。

 近所に住むペットを散歩させる人たちが朝の涼しいうちに橋の中央で立ち止ま
 り雑談をする。ペット自慢だろうか、じゃまくさいけれど、ひと一人がすり抜
 けて通るくらいの余地はある。

 昼休みの時間帯にはサラリーマンやOLさんが食事に行くのに柳橋をわたる。
 三人横並びで煙草を吸いながら歩くサラリーマン。道をふさぐだけならまだし
 も煙草の煙がやりきれないんだよ。吸い殻を川に投げるなよ。

 潮の具合のよい日の夕刻には近所の少年達が欄干から釣り竿を垂らす。泥水を
 泳ぐ魚なんて釣っても食べられないだろうに、つい獲物をのぞきこんでしまう。

 風向きによっては、たもとの鰻屋「小谷」の煙が、まるで客引きのように、歩
 く速度に合わせて橋の上をながれる。残暑厳しい夏ばて気味の帰り道にそんな
 風が吹けば、つい、「小谷」にひきもどされそうになる。

 そして、下をながれる京橋川の川底は汚泥だけど、時折、鳥類図鑑から抜け出
 したような高貴な白い水鳥が羽を休めているのを見かける。

 橋の中央でふと立ち止まり四方を見渡すとほんのり楽しい、そんな橋が柳橋。


 安藤トロワー@会社勤めをしながら家事もこなす兼業主夫