浅蜊

日々の食料品の買い出しについていえば、安藤はとても恵まれた状況にあると思
 う。専業主婦(主夫)であれば、一日のうちのかなりの時間を食料品の買い出し
 に費やすことができるだろうが、フルタイムで働く兼業主婦(主夫)ともなる
 と、そうもいかない。仕事が終わると脱兎のごとく職場をあとにして、食料品売
 場へ走ることになる。家族の今夜の楽しい食事のために。

 しかし、ほとんどのフルタイム兼業主婦(主夫)は、高いとか品揃えが悪いとか
 いろいろな不満を抱きながら、毎日おなじところで買い物をしているのではない
 だろうか。帰路途上にそんなにたくさんの食料品売場があるわけではない。

 安藤が恵まれているというのは、選択肢が多いことである。広島サティ、駅前福
 屋、アッセ地下ユアーズ、フジグラン広島、三越、天満屋、八丁堀福屋が同心円
 上にある。どこにでもほぼ同じ時間で行くことができる。もう5分ほど足を伸ば
 せば、サンモール地下イズミ、そごう地下も射程距離内である。

 なかでも天満屋八丁堀店の地下の鮮魚売り場は安藤のお気に入り。三越の地下の
 鮮魚売り場はやたらお高くとまっていて、安藤には近寄りがたい。八丁堀福屋の
 鮮魚売り場は値付けが庶民の感覚とは程遠く、これもまた近寄りがたい(夕刻、
 半額になっても天満屋の魚屋の正札より高い)。天満屋の鮮魚売り場のお兄さん
 お姉さんはやたら元気がよく、声を張り上げて、お客様の買いたい心を巧みに誘
 う。声を張り上げるだけではなくて、唱える文句にもついついつられて、おびき
 寄せられてしまう。

 先日は、ザルに山盛りの瀬戸内海産の小海老がなんと380円。小さい蟹が混ざって
 いるのがご愛敬。かき揚げにするとパリパリサクサク嗚呼おいしい。山盛りだっ
 たので、かき揚げもたくさんできちゃって、翌日のお昼は小海老のかき揚げ丼。
 それでもまだ余るけど、冷凍しておけば、いつかエビ天うどんに使えるぞ。

 それはそうと、スーパーのパック入りの浅蜊のなんと味気ないこと。生きている
 のか死んでいるのか、よくわからない浅蜊。そんなのはイヤだ。

 ところが、天満屋魚屋対面売り場の浅蜊。塩水をはった透明容器に入れられて、
 並べられている。しおをピューピューふいている。容器をツンツンつつくと振動
 に驚き素早く貝を閉じるが、またすぐにしおをふきはじめる。あまりにもうまそ
 うでつい買ってしまう。これも380円。

 砂出しはじゅうぶんにしてあるというけど、家に持ち帰り、ステンのボールに塩
 をあわせた水を張り、浅蜊を放り込む。塩があっているのか、放り込まれていた
 ときは、じっとしていた浅蜊たちが、「じくじく、じくじく」と動き出す。見て
 いてあきない。

 浅蜊の紋様はそれぞれに違い、これも見ていてあきない。「じくじく、じくじく」
 と動きだし、また、しおをふきはじめる浅蜊。

 浅蜊がしおをふいているボールの左にあるコンロでは、安藤自家製のパスタが茹
 で上がりを待つ。そのまた左のコンロにはオリーブオイルとニンニクと唐辛子の
 パンが用意してある。そこに浅蜊は放り込まれ、パンは強火に加熱され、次々と
 ひらいていく・・・

 そして、たっぷりのトマトソースを加えて。夏のおわりに収穫して乾燥しておい
 た刻みバジルをふんだんにまぶした浅蜊のトマトソースのパスタ。夏の残り香。

 ああぁ。うまい。でも浅蜊がかわいそう。


安藤トロワー@会社勤めをしながら家事もこなす兼業主夫(ああ忙しいホンマ忙しい)