迷ってみましょう広島14

   このコーナーは、積極的に道に迷うコーナーです。

  JR山陽本線に乗っているとですね、誰もが知らず知らずのうちに覚えてし
 まう地名ってのがあるでしょう?まぁ、手短に言やぁ「行き先」なんですが。
 家が線路のすぐ脇で、子どもの頃からずっと電車を見ていた僕ですが、高校を
 過ぎるまで、それがどこにあるのか見当も付かなかった地名が一つだけありま
 す。それが、「糸崎」です。
  糸崎がどこにあるのかを知ったのは、電車に揺られて尾道まで行った時でし
 た。それまでてっきり岡山県の駅だと思ってたんです。車に乗るようになって
 国道2号線を西や東へ行くようになってからは、もう糸崎がどこかと迷うこと
 もなくなりました。しかし、しかしですよ、よーく考えてみたら行ってみたこ
 とがないんです。止まらないんですよ。いつも通過してばっかりで。
  と、いうことで、今回は糸崎へ行って参りました。しかしここで読者のみな
 さんは思うことでしょう。

         「糸崎って、なんかあるんですか?」

 申し訳ないのですが、今回ばかりは結論から先に言わせてもらいましょう!

         「特に何もありませんでした・・・」

  何も建物が無いとか、そういう意味ではなくって、ふらっと訪れて楽しくな
 るような場所が、無いんですよ。と、こういうことを書くと地元のみなさんに
 「そんなことはない!」と言われそうです。でもね、僕も一応下調べはしてか
 ら行ってみたんですよ。その結果、「糸崎神社」に行ってきました。御調の井
 戸も見ましたし、でっかいクスノキも見ました。他にも、海辺の方へ行ってみ
 たり、名前の分からないような神社へも行って来ました。でも、それでも面白
 くなかったのはなぜか。それは、どの場所に行っても、街の活気が全然感じら
 れなかったからなんです。活気が感じられないというのは、現在街が寂れてし
 まっているというだけではなくて、かつて活気があったであろう場所の名残す
 らも残されていない、という意味です。現在の活気も、過去の活気も、どちら
 も感じられない。

  そこに街があるからには、そもそもその場所に何か人を引きつけるものがあ
 ったということなんです。しかし、それがなんなのかを十分に理解しないまま
 に経済性や利便性を増やそうとした結果、そこに集う人々にとっての魅力は薄
 れ、「交通の便」だけが残ってしまう。大きくて整備された道路や鉄道が近く
 を走り、空き家・空き地が多い場所。そうなったらもう、倉庫街になるしかな
 いじゃないですか。用がない人はみんな通過しちゃいますよ。

  糸崎神社は海の目の前にありました。海に面して建つ神社によくあるように
 ここの神社も海から直接船で参拝に来られるように、海岸縁に鳥居が立ってま
 す。しかし、その鳥居と、境内に入る門との間に2号線が走っちゃってるんで
 す。つまり、かつての神社の参道が道路でつぶされているんですよ。おそらく
 この2号線はかつての街道(生の人間の通り道)だったんでしょう。海からも
 陸からも便利な場所にこの神社があって、そうすれば当然、小さいながらも門
 前町が栄えて、港があり、宿があり、飲食店があり、小さな酒蔵や醤油蔵もあ
 ったかも知れませんね。しかし、今ではもう何も残っていない。あるのは太い
 道路とスピードを上げて通過する車と倉庫だけ。

  住む人の便利を追求するなら、もっと他の、にぎわいを破壊しない方法もあ
 ったのではないかと思います。ただ、ここに2号線を作ろうと考えた人にはそ
 の視点がなかったということなのでしょう。

  海に面して立つ鳥居が、この街の全てを象徴しているようで、寂しい気持ち
 になりました。せめて、今後あの鳥居の前を通過するときには、かつてそこに
 たくさんの人が集っていたであろう事を思い出しながらにしたいと思います。

                             by 自転車