蛮珈夢

    広島県尾道市山波町678-185 TEL:0848-37-4412 火休 P有
 ブレンド(濃味)500円、ブレンド(中味)550円、ブレンド(淡味)500円、
 娯楽部600円、冷す珈琲600円、みるく珈琲600円、ハラールモカ600円、
 モカマタリ650円、コロンビア500円、キリマンジャロ550円、グァテマラ500円、
 マンデリン600円、ハワイコナ700円、バニーマタル700円、イブラヒムモカ800円

 個性的な店が多い珈琲店にあって、その個性の強さが群を抜いている店だ。
 まず、よほど気を付けていなければ店があることすら判らない。小さな看板に
 「蛮珈夢」と書いてあるだけだ。車で訪れるのが便利だが、店の前は幹線道路
 で、交通量が多いので、スピードを落とすわけにもいず、通り過ぎやすいので
 注意しよう。
 
 店を切り盛りするのはマスター一人。眉間に深い縦皺を寄せて、孤高のインデ
 ィアンが思索するように珈琲を淹れる。メニューにはモカが多いので、店主は
 モカ好きと推察するが、僕はまず、飲み慣れて好みのマンデリンをお願いした。
 店主は厳しいというか、難しい顔を崩すことなく、黙って頷き、豆を竹の匙で
 すくい、天秤で計量して粉砕する。天井には煤竹が作られていたり、内装にも
 竹が至る所に使われている。珈琲店としては珍しい作りだ。粉にした豆をネル
 に移し、一杯づつドリップするのだが、そのドリップ法も見たことがない独創
 的なものだ。
 
 まず、常に沸かしている釜から、竹の柄杓で陶器のドリップポットに湯を入れる。
 まるで茶道を見ているような気分になること請け合いだ。そして、湯を豆の上
 に落とし始めるのだが、その落し方が独特。ドリップポットの注ぎ口を、鳥が
 餌をついばむように「ちょい、ちょい、ちょい、ちょい・・・」と傾け、ほん
 の数滴分の湯に分けて、ネルの上に落とすのだ。最初は、蒸らしのための湯を
 落としているのかな?と思ったが、いつまでも同じペースで続けているので、
 まさかこのまま最後まで?と思ったら、その通りだった。ちなみに、抽出した
 珈琲を受けるのも陶器製のミルクパンだ。
 
 なんて破天荒な珈琲なんだと思って口に運ぶと、濃くねっとりとした香りがあ
 り、強めの苦味の後に、上等の玉露や煎茶のような慎み深い甘さが感じられた。
 煎り加減はかなり深めだ。淹れ方から想像していたとおり、珈琲の温度はちょ
 っと低め。個人的にはもう少し熱めのほうが好きだけど、茶事に親しんだ人な
 らば、この温度が理解できるのだろう。僕は、そのスタイルといい、味の傾向
 といい、日本の茶事を思い出して仕方がなかった。しかも、これは煎茶ではな
 いだろうか。珈琲の味も、そのことを踏まえて味わえば、あまりの面白さに頬
 が緩みっぱなしになること間違いなしだ。
 
 店主は基本的に無口で、手が空くと煙草の葉をその都度、紙で巻き、再び思索
 の世界に入ってしまう。そんな人だから口数は多くないが、珈琲のことを訊くと、
 色々教えてくれる。彼のスタイルは「豆の味を抽出しきる」ところに力点の一つ
 が置かれているようだ。豆のエグ味や雑味を出さずに、好ましい風味だけを抽出
 する。そのことを推し進めた結果が、現在のスタイルに結実しているのだろう。
 僕は、すごく旨いと思うけれど、もう少し豆の個性が強めに残る煎り加減が好み
 だし、店の雰囲気が強烈に個性的なので、星3つとしたが、はまってしまえばた
 まらない店だと思う。
 
 ちなみに豆は、カウンターの奥にある七厘の上に置かれた、金属製の樽型の焙煎
 機で煎るようだ。ほとんど手焙煎でやっているに等しいのだから驚いてしまう。
 店内はほとんど別世界なので、その世界観を壊さないように、ひっそりと楽しむ
 気持ちで訪れるのが正しい姿のように思われた。 (03.05)

 
 再訪。バニーマタルを頼んだ。一杯700円もするので、珈琲の値段としては破格だ
 と思う。しかし、僕はその旨さに頭がくらくらしてしまった。この店の珈琲は

 「ぬるい」という表現すら生易しいほどの温度なので、香りが立ち上がって来る
 のは最初の一口だけだ。熱い珈琲が好きな人には物足りないだろうが、その分、
 時間が経っても熱による劣化が少ないし、そもそもゴクゴク飲める珈琲ではない。
 
 バニーマタルはモカの最高品種の一つで、カカオを濃縮したようなねっとりとま
 とわりつくような甘い香りと、スコール後の熱帯雨林のような熟れた植物の風味
 が感じられた。珈琲を飲んで沈黙と思索の世界へトリップしてしまったのは
 「黒田珈琲工房」の調子が良いとき以来だ。濃さはエスプレッソレベルだが、
 雑味が全く感じられないのが大きな特徴。僕はピュアなだけの珈琲は面白くない
 と感じることが多いのだが、この店の場合は単にピュアなだけに留まっておらず、
 そこから先の世界を見せてくれるところが凄い。
 
 これに比べれば「黒田珈琲工房」の珈琲には雑味があると思う。ただし、雑味と
 言ってしまえばそれまでだが、その雑味がすっきりしており、香りや味の多様性
 を演出しているところが素晴らしさでもあるのだが。前回はマンデリンを飲んだ
 が、やはりこの店はモカがウリなのだろう。なにせメニューを見ても、モカだけ
 で4種類も用意してあるのだ。
 
 それにしてもオリジナリティー溢れるユニークな店だという印象はますます強く
 なった。珈琲の味だけなら星5つだと感じたが、店の雰囲気などを考慮して星4つ。
 最近、流行しているカフェの感覚で訪れられる店ではないし、一般的ではないと
 思う。では、豆だけ売ってもらうという手もあるのだが、この豆が非常に手強く
 て、自分で淹れても癪に障るくらい巧く淹れられないのだ。今回、同行した
 アーメイが「『黒田珈琲工房』は中国茶で『蛮珈夢』は煎茶のイメージね」と
 言っていたが、実に言い得て妙だと感じた。
 それにしても、飲めば飲むほどハマってしまう。僕はこの店の魅力に取り付かれ
 てしまったようだ。 (03.08)