迷ってみましょう広島31 後編

   このコーナーは、積極的に道に迷うコーナーです。

  みなさんこんにちは。冬なのに全然寒くなりませんね。気持ち悪いですね。
 さて、前回からの続きです。本当はもうちょっと早く記事を書こうと思ってた
 んですけど、ちょっと個人的にバタバタしておりまして遅れました。ごめんな
 さい。ということで、西城の続きです。

  おいしいご飯でおなかもいっぱいになったので、西城の中心部に向かいまし
 た。目指すは西城町歴史民俗資料館。その町の様子を知るには、とりあえず資
 料館へ行くのが一番です。
  地図を頼りに車を走らせます。この西城という町は西城川に沿って発達した
 のだなと、車を走らせるとすぐに分かります。川沿いに見える古い建物群。大
 きな病院。広い川幅。なんて分かり易い。

  目指す民俗資料館はすぐに見つかりました。コンクリートの建物なんですが
 何とも懐かしい感じのする建物です。玄関を入ってみると、すぐ横にある階段
 の上の方から、なにやらにぎやかに童謡が聞こえてきます。見ると「おはなし
 かい」と書かれたかわいらしい看板が出ています。どうも2階がホールになっ
 ていて、子ども向けのイベントが行われているようでした。おはなしかいかぁ、
 のどかだな〜と思いながら受付を覗くと、どなたもおられません。あら〜これ
 またのどかですなぁ。すいませ〜ん。
  あらあらすいません、と2階から事務の女性が降りてこられました。あのー
 見学したいんですけど。はいはいちょっと待ってくださいね。女性がパチパチ
 とスイッチを入れると、資料館に電気が点きました。見学に来る人はあまりい
 ないみたいですね。

  資料館の展示はたたら製鉄関連と農具が中心でした。たたら製鉄とは、かつ
 て中国山地西部を中心に盛んに行われていた製鉄法のことで、砂鉄や鉄鉱石と
 木炭を交互に積み重ねて窯で燃やし、鉄を溶かし落として他の物質と分離し鉄
 を得る方法です。この西城町から県境を越えて島根県に至る地域はまさにたた
 ら製鉄の隆盛地でした。たたらで得られる玉鋼(たまはがね)は日本刀の材料
 になりますから、製鉄ができるかどうかが軍事力に直結していたそうですね。
 ですから、今では人の少ない地域になってしまっていますが、かつての西城が
 とても賑やかな所であっただろうというのは容易に想像できます。

  僕は他の資料館でたたらの資料を見たことがあったので、復習しながらフム
 フムと資料を見ておりました。と、足元に縦に二つに割った大きな丸太が転が
 してあるのですよ。何でしょうかこれは。やたらでかいですね。ただの丸太が
 資料になるのか?
  よく見ると丸太の中心軸にあたる所に、きれいな半円形の溝が途中まで切っ
 てあります。二つくっつけると、ものすごく大きい一輪挿しか、芯のない鉛筆
 でも出来そうです。いったいこれが何なのか皆目見当も付かず、解説に目をや
 りますと・・・
 なんと「木砲」ですって!鉄じゃなく木で作った大砲なんですと。

  この二つ割りしたやつを合わせて竹などでぐるぐる巻きにし、中に火薬と玉
 を詰めてドカーンとやっていたらしいのです。当然強度は弱く、3,4発撃っ
 たら駄目になっていたそうなのですが、それにしてもまた、こんな物がよく残
 っていたものです。現存している物は全国でもたった五つ、広島県ではこれ一
 つだけだそうで、西南戦争の時に作られて未使用のまま終わった後、民家の土
 台として使用されていた物が、その民家の解体に伴って出てきたのだそうです。
 これはすごいですね。大変珍しい。木砲という物の存在自体、僕は今回初めて
 知りましたよ。皆さん知ってましたか?いやぁ、これは良い物を見せてもらい
 ました。こういう予想外の驚きがあるから、資料館巡りは止められないですな。

  さて、資料館を後にしようと再び受付の所まで帰ってきますと、受付カウン
 ターのそばに、いくつかオリジナルの郷土資料集が販売されているのに気づき
 ました。こういう所で買うオリジナル資料は詳しい物が多いんですよね。見る
 と、町全体を広くカバーする冊子見本が1000円と書かれて置いてあります。
 これはいいですね。1冊買っていきましょう。これ、ください。
 「あぁ、ごめんなさい、それはもう売り切れてしまったんですよ。」
 あら〜残念、他に良いのはないですかと聞くと、郷土研究会の会報なら全号そ
 ろってるんですがと、目録のような物を見せてくれました。うわ〜、活発に活
 動されているようで、会報はすごい数です。これも1冊1000円ということ
 で、全部買うのは到底無理。はてさてどれにしたものか・・・と目を走らせて
 おりますと、『「ゴギ」という名のおこり』というタイトルが目に入りました。
 ゴギ、あの魚のゴギのことですね。はて、名前の由来なんて考えてみたことも
 なかったな。これにしようかな。これください。

  渡されたのは西城町郷土研究会が発行する「郷土」の49号、発行年月日は
 平成2年10月31日。全50ページもあるなかなか立派な会報です。いいで
 すなぁ。こういうの大好き。
  さて、目当てのページは、え〜と、24ページか。この号は研究会が行って
 いる現地探訪用の資料として作られたもののようで、ゴギの記事はその中の一
 部です。筆者名の部分には「編集部」とあり、個人名は書かれていません。2
 4ページを開いてみると、僕が読んでみたい記事はほんの少しだけでした。こ
 れは思ったほどでもないのかなと思いながら読み進めてみますと、なんとなん
 と、これがとても興味をそそられる記事だったのです。内容を紹介してみまし
 ょう。

  まず、”ゴギ”ですが、比婆郡ではこれを”コギ”と発音するのだそうです。
 そして「元来コギという言葉は朝鮮語の魚と言う意味の言葉」なのだそうで、
 「もし想像を許されるならば、歴史時代に大陸から文化が流入した時代、当時
 の文化人である朝鮮人が遺した言葉であると思われる」と。これはおもしろい
 仮説です。この仮説を支える背景として、中国山地でたたら製鉄が盛んであっ
 たこと、その指導者適立場において大陸からの人々が活躍したと考えられるこ
 と、そして「たまたま中国山脈渓流の魚族中主要なものがこのゴギであり(中
 略)魚と言えばこの特定種を指すに等しい」ことを筆者はあげておられます。
 うむむ、これは大変説得力のある仮説ですね。実にもっともな説ですよ。
  今では山の中の地方都市である場所が、かつては最先端技術の集積地であっ
 たことは間違いのないことなのだし、そこから商品の流れに沿って文化も拡散
 していったことも、やはり間違いのないことなのでしょうからね。

  ううむ。ちょっと、興味に火が点いてしまった感じです。
 ところで次回は可部に行く予定です。これもまた、この「郷土」という冊子に
 触発されてのことなのですが、その辺も含めて続きは次回に。

                             by 自転車