鞆の浦

迷ってみましょう広島34

   このコーナーは、積極的に道に迷うコーナーです。

  石見銀山が世界文化遺産に登録されました。
 ほほ〜そりゃまたたいそうなことですなぁと思ったので、今回は福山市の鞆の
 浦に出かけることにしました。なんで?と思われる方と、なるほど!と思われ
 る方、両方おられるかと思いますが、今回僕が鞆に決めた理由は「何となく行
 ってみたくなったから」です。
 全く心づもりが無いわけではないんですよ。鞆は何百年も続く港町ですから石
 見銀山とは全く無関係だということはないでしょう。岩見からの銀は上下を通
 って岡山方面へと運ばれていたとどこかで読んだような気もするし、そうそう、
 白市にあったお屋敷は両替商もしていたはず。石見からの銀が中国山地を越え
 て瀬戸内海に流通していたのは確かですから、石見と鞆、その繋がりでも見つ
 けられないかな〜と思いましてね。まぁ、でも、根本的には「行ってみたくな
 ったから」ですが。

  今回は広島からバスで行ってみることにしました。
 広島−福山間はローズライナーという、車体にバラの絵が描いてある高速バス
 が走ってますね。あれに乗りましょう。ローズライナーをネットで調べてみる
 と、広島−福山往復券に鞆鉄バスの福山駅−鞆港往復乗車券、それに対潮楼と
 安国寺の観覧券がついてなんと4550円という、えらくお得なチケットがあ
 るのが分かりました。これを買わない手はありますまい。その券を広島バスセ
 ンターのチケット売り場で手に入れた翌日、ちょいと小雨模様の中をバスに乗
 り込みました。

  高速道路の旅というのは便利なのですが、やはり何となく味気ないですね。
 行けども行けどもきれいに整備された景色が続くばかりで、生き物臭さが薄い。

  福山駅前の繊維ビル横で下車したら、こんどは鞆鉄バスに乗り換えます。こ
 の繊維ビル、何度見てもたいへん味のあるビルですが、取り壊しはもう決定し
 たんでしたか。
 漫画家の大友克洋さんが見たら泣いて喜びそうなビルですね。古びた壁に看板
 やら電灯やら何かの管やらがへばりついている様子は、なにか生き物でも見て
 いるかのような錯覚に陥ります。

  ガタピシ言うバスに揺られて30分。今日の鞆は雨です。路地をのぞけば石
 畳が、黒々と雨に濡れてねずみ色の空を映しています。湿り気を帯びた木造住
 宅の軒下や格子の隙間に雨の日特有の淡く暗い影がたまって、町並み全体の明
 度を雨音とともにじんわりと下げておりました。

  安国寺で仏像を見た後、右へ左へと路地を折れていきますと、ふいに見慣れ
 た船具店のある通りに出ました。路地の向こうにはもう海が見えています。お
 かしいな、そんなつもりで歩いてきたんじゃなかったのに。
  やはりこの町の道の走り方は独特ですね。まっすぐに進んできたつもりが、
 いつの間にかずいぶんと斜めに移動してしまっている。でも、そうだからと言
 ってなにか格別に「困ったな」とは思わない、あぁここに出るのかと自然に納
 得してしまうような、不思議な感覚。突然海が見えたときのあの、まさか、と
 言う感覚はこの町でしか味わえないのではないでしょうか。

  前に来たときと比べて少しずつお店がふえてるのかな、と思いながら進んで
 おりましたら、太田家住宅のすぐ横で「入場無料」という看板が見えました。
 開け放たれた扉から古い建物の中をのぞいてみますと、なにやらたくさんパネ
 ルが展示してあります。何だろうと思って入ってみました。
  読者のみなさんは現在鞆港に計画されている埋立と架橋の計画をご存じでし
 ょうか。ここはどうやらその計画の撤回を求める人々の発表の場のようです。
 ぼくも以前から少なからずその計画を気にしていたので、展示してあるパネル
 を一つずつ見ていくことにしました。
  パネルは、現在の鞆港の様子を写した写真と、その同じ写真に工事後の埋立
 と橋の様子をCGで合成したもの、その2枚をセットにして展示してありまし
 た。ずいぶんたくさんのパネルがありますね。

  CGは、福山市が提出した図面を元につくられたのだそうです。図面上の計
 画も、こうして目に見える形にしてみると、今どういうことが計画されている
 のか分かり易いですね。それにしても……。見れば見るほど無惨な状況です。
 こんな工事が予定されているとは。

  どの様な町も、開発と無縁ではありません。いまの鞆の町並みだって、ここ
 に人類が住み始めたときから今の姿であったのではなく、長い時間をかけて、
 少しずつ少しずつ開発されていった結果としてあるのです。だから開発をする
 なとは言わない。不便なところがあるのなら、改善されてしかるべきでしょう。
  しかし、今ここで計画されている開発はどうでしょうか。いや、そもそもこ
 れは開発と呼べる行為なのでしょうか。現在の鞆の雁木による海岸線は180
 0年代初頭に造られたもので、それ以前の海岸線は今よりも山寄りにあったは
 ずです。しかし今、鞆の町を歩いてみても、昔の海岸線がどこであったのかを
 はっきりと知ることはできません。なぜなら、それは、新しい海岸線構築以前
 の町並みと、それ以後の町並みが違和感なく溶け合っているからです。新しく
 できた土地に、今まで通りの町がしみ出してきたからです。その町に根付く文
 化を継承しつつ、改善を図りながら新陳代謝と成長をゆるやかに繰り返してい
 くこと、それこそが開発と呼べる行為なのではないでしょうか。 

  ふと、来るときに見た高速道路と繊維ビルのことを思い出しました。
 同じように人が作ったはずなのに、なぜあんなにもイメージが違うのでしょう
 かね。
 苔むした庭石の真ん中を、苔の上からピンクのペンキで塗りつぶす。
 それは、庭石の属する文化にも、ペンキの属する文化にも、不幸なことだと僕
 は思います。あなたは、そうは思われませんか。
   かつて日本中で繰り返されてきたことが、またここで繰り返されようとして
 います。

  町を離れるバスに乗る頃、どこか遠くで雷鳴が響いていました。

ローズライナー
http://www.hiroko-group.co.jp/kotsu/kousoku/rose/index.htm

「鞆の世界遺産実現と活力あるまちづくりをめざす住民の会」を支援する会

(「埋め立て工事の前後」を参照)
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